ピアノを弾くひと
今でも鮮明に覚えている。
私が中学生の頃、ピアノ教室に一緒に通っていた同級生が居た。
その人は頭も良くて、話し上手で、剣道も上手だった。
でも、ピアノを習っていることは皆に知られたくないようだった。
とにかく、なんでもできる子だった。
そういうところが中学生の男の子たちの妬みを買い、一方的に嫌われていたように思う。
今となれば、そんなことはどうでも良くて、
妬みを持つ男の子すら軽蔑するけど。
私は普通にその子と接していたし、彼はクラスの委員長、私は副委員長だった。
ある時、音楽室での掃除当番で二人になったことがあった。
ピアノをポンポンと弾く同級生に、聞いた。
『今度の発表会で弾く曲、何?』
『え・・・子犬のワルツ』
『少しだけ弾いて?』
私がそうお願いすると、少しだけ弾いてくれて、『こんな感じ』と笑った。
私ははっきり覚えている。
あの時、彼の頬に西日が差し、とてもキラキラと輝いていたことを。
『好き』という感情ではなくて、なんだか美しかった。
そこからかな、男の人がピアノを弾くのを好きになったのは。